好きなことを学ぶことは、生きがいを得られるので実学といいたいのですが

知らないことを知ることは本当に楽しいことです。しかし、「知れ」と強制されるとしんどいし、反発したくなることもあります。実際に、子どもの頃、親や教師に反抗した人も多いのではないでしょうか。

学校ならば、少なくとも卒業に必要な知識や技能は、卒業したいのなら、いやでも身につけるしかありません。また、職場でも、仕事に必要な知識や技能は身につけるしかありません。どうしてもいやなら、転職するしかないでしょう。

私たちにとって、知識や技能を身につけることは、生きる条件として強制されているものが非常に多いです。つらくとも身につければ、これは生活のための収入確保につながることは、間違いありません。

しかし、そのような学びのためだけに、人生の限りある時間を100%占有されてしまっては、人生がもったいないともいえると思います。

実学と虚学について、すでにあれこれ書いていますが、仕事で必要な知識と技能は実学的な学びです。それに対して、仕事で必要のない知識や技能を得ようとすることは、実利性のないという意味での虚学的な学びになるといえるかもしれません。しかし、趣味としてなら、それが虚学であってもだれにも文句を言われる筋合いはありません。

好きなことを学ぶのは、楽しいものです。むしろ、好きなことを楽しくやっているうちに、自然と学んでいるというくらいでしょうか。

学びは、生涯続いていくものだと思います。趣味のつりであれ、登山であれ、スポーツであれ、コーラスであれ、カラオケであれ、油絵であれ、写真であれ、俳句であれ、歴史であれ、鉄道であれ、その人がこれやりたいなと思って、楽しく学んでいけて、生き甲斐につながれば、本当に意味のある学びです。これはそれぞれの人生にとって「実(じつ)のある学び」ということにもなるでしょう。

企業経営者は、実務の現場でリアリストとして日々の仕事をこなしていかなければならない人です。実学的世界に生きる人の典型でしょう。しかし、これと同時に、芸術家でもあった人がいます。たとえば、ソニーの最高経営責任者もされた大賀典雄氏は、声楽家や指揮者としての活動もされていました。セゾングループ代表を務めた堤清二氏も辻井喬のペンネームで小説や詩を執筆されました。

お二人とも、経営者になる前から芸術家であったということはあります。しかし、二足のわらじを履くことは、だれにでもできることではないでしょう。それでも、芸術家であったからこそ、その感性を生かして経営者として大きな業績を残されたということもあったと思います。二足のわらじというよりも、両輪といった方が適切なのかもしれません。だれもがうらやむような、たいへん充実した人生を送られた方々だと思います。

私のような才能のない人間は、企業のトップにもなれないし芸術家にもなれません。仕事も私生活も三流・四流以下の人間です。しかしそれでも、好きな本を読んだり、音楽を聴いたりするのは、本当に楽しいと思います。

残りの人生を、仕事に必要な実学を学びつつ、趣味の虚学も学んでいきたいと思っています。

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