以前、次の記事を書きました。
この柳父章著『翻訳語成立事情』(岩波新書)という本には、「権利」という翻訳語について、一章がさかれています。この本を参考にして、権利と権力という語について考えてみます。
○○権と訳される語
「○○権」という語がいろいろあります。
これは、権利を表す場合と権力を表す場合があります。
自由権、社会権というのは「権利」という意味で使います。
行政権、立法権、司法権の権は「権力」の意味です。
漢字の表記上は、ともに「権」を使っています。日本語での見かけ上は、同じような語ですが、英語では違う単語になります。
権利については次のような語があります。
- 権利 right
- 基本的人権 fundamental human rights
- 社会権 social rights
ただし、自由権は、right は使わずに、libertyが用いられます。
- 自由権 civil liberties
権力については次のような語があります。
- 行政権 administrative [executive] power [authority]
- 司法権 judicial power
- 立法権 legislative power
また、「国家主権」、「国民主権」は次の通りです。
- 国家主権 state [national] sovereignty
- 国民主権 the sovereignty of the people
この「主権」と訳される「sovereignty」は、カタカナ表記するとサヴァランティあるいはソヴァランティになるようです。私にはほとんど「サーヴァンティ」(アクセントは最初のサにあります)のように聞こえますが。
この語の意味は、オックスフォード英語辞典サイトでは次のように説明されています。
1 Supreme power or authority. 最高権力または権威(権限)
1.1 The authority of a state to govern itself or another state.
自国や他の国家を統治する権限1.2 A self-governing state. 自治国家
https://en.oxforddictionaries.comより
(c) Oxford University Press (和訳はクマゾウによる)
sovereignty(主権)も、「power」(権力)や「authority」(権威)と意味上は同じ系統といえます。
権利と権力は、日本語では「権」という字を使うので似た語に見えますが、元の欧米語では別の語であり、別の概念です。
「権利」は名詞の「right」の翻訳語として定着しましたが、この「right」という語は、英和辞典では次のように説明されています。
1 (道徳的に)正しいこと,正当; 正義,正道,公正; 正しい行ない.
2 a (法的・政治的な)権利; 正当な要求 〔of,to〕.
b 〔+to do〕〈…する〉権利.
3 [複数形で] 本来の状態,正しい状態.
(後略)『研究社 新英和中辞典』研究社
rightは、もともと道徳的な正しさを表す語です。そこから、個人が当然に社会的にもっているべきありかた・ありようという意味が与えらました。
権利という訳語は失敗だった
私の個人的見解ですが、「権力」という訳語はわかりやすい適切な訳語だと思います。しかし、「権利」という訳語は適切ではなかったと思います。
権勢、覇権などの「権」や利益の「利」で構成されているために、漢字の意味からは「力でもって自分を利する」ようなニュアンスを示してしまうからです。
福沢諭吉は「権理」「権理通義」という訳語を唱えましたが、せめて「利」ではなく「理」の字が入った訳語であれば、翻訳語としてまだrightの意味が反映されていたと思います。
しかし、できるならば、sovereignty や power と混同されないように「権」の字を使わない訳語になっていればとも思います。
human rights は、権力者から恩賜的に与えられるものでも、力でもって奪い取るものでもありません。社会的な正義や道理として、すべての人々が本来的に生まれながらに持っているものと考えるべきです。
rights(権利)を主張することは、武力革命を起こそうとか暴力で自分の利益を誘導しようとすることとは異質なことだと思います。
フランス語の droit やドイツ語の Recht には権利だけでなく法という意味もあります。
社会の中で当然あるべき道理という意味が翻訳語としての権利の元にあります。
それだから私は思うのですが、rights を主張することとは、社会のルールとして当然のことを主張することです。
あくまでも世の道理に沿った当然のことだと思います。