翻訳語とカタカナ語  カタカナ語はやはりわかりにくいです

日本の近代化の過程での西洋文化の受容にあたって、西洋語を翻訳することが必要になりました。そして、今の日本語に定着している、英語のsociety=社会、government=政府、chemistry=化学などは、日本に一般的な単語がなかったことばの訳語として、漢字を当てて作り出されたことばでした。

森有礼が中心となって1873年(明治6)に作られた学術結社、明六社に集まった福沢諭吉、中村正直らは新しい翻訳語を広めました、特に西周(にし あまね,1829-1897)は多くの学術用語の翻訳語を考案し、広めた人でした。

Portrait of Nishi Amane (西周, 1829 – 1897)

翻訳によって西洋文化を知ることができたおかげで、日本の近代化が他のアジア諸国に先がけて達成できたという見方もできます。

一方で、日本人が英語などの外国語が苦手というのは、外国語が使いこなせなくても、日本語で専門的な知識や技術を学ぶことができたという一面があるともいえそうです。

ところで、このごろは、翻訳語を作り出すよりも、カタカナ語が実によく使われるようになりました。外来語はそのままカタカナ表記してしまえというものです。

高度経済成長期の頃には、テレビやクーラーなどのいくつかの電気製品で、今の私たちにもカタカナ語でしか思いつかないようなことばが普及しました。クーラーは、今ではエアコンに取って代わられましたが、テレビは根強く生きています。

「テレビ」は本来は「テレビジョン」ですが、これでは言いにくいので、短く「テレビ」と言われ続けて日本語として定着しました。略語が定着した頃は、その外来語も日本語の一部になりきったといえそうです。

これは、ワードプロセッサーの「ワープロ」、パーソナルコンピューターの「パソコン」、スマートフォンの「スマホ」、あるいはマス・コミュニケーションの「マスコミ」、マクドナルドの「マック」あるいは「マクド」、スターバックスの「スタバ」と同様です。

また、中央官庁などの役所はカタカナ語が大好きです。

「公共職業安定所」は長年「職安」と呼ばれてきましたが、1990年から「ハローワーク」という愛称が使われるようになりました。明るいイメージのことばにしたかったということがあったのでしょう。今では、ハローワークは定着したように思います。

白書にも、各省はカタカナ語を使っています。たとえば、次の『文部科学白書』(平成28年度)第2部第5章の抜粋には、一般人にはなじみのないカタカナ語があると思います。

2 高等教育の更なる発展に向けて
1 学生の主体的な学びの確立に向けた大学教育の質的転換
(1 )学士課程教育
学士課程教育に関しては,平成28年3 月に「学校教育法施行規則」が改正され,大学に対し,29年度以降,「卒業認定・学位授与の方針」(ディプロマ・ポリシー),「教育課程編成・実施の方針」(カリキュラム・ポリシー)及び「入学者受入れの方針」(アドミッション・ポリシー)の三つのポリシーを策定・公表することが義務付けられました。今後,大学には,これらの三つのポリシーを確実に策定・公表するとともに,それらを踏まえた教育課程の体系化と構造化,学生の主体的な学修を促すアクティブ・ラーニング等の導入と拡大,学修成果の可視化や検証改善サイクル(PDCA サイクル)の導入による教学マネジメントの確立等に取り組み,知識・技能や思考力・判断力・表現力,主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度などの真の「学力」を育成する大学教育への質的転換を図っていくことが求められます。(後略)

http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpab201701/1389013.htm

ディプロマ・ポリシーなどの「三つのポリシー」については、「日本語」+(カタカナ語)で書かれているので、意味はわかります。しかし、「アクティブ・ラーニング」だけでは、わかりにくいかと思います。これは教育学の専門用語として確立している外来語ということなのでしょうか。意味がわからない人はググってみてください。

しかし、なんといってもビジネス用語はカタカナ語だらけですね。

エビデンスは証拠、ファクトは事実、イニシアティブは主導権という昔ながらの翻訳語でいいように思いますが、なぜかカタカナ語で使用されます。それなら、社会はソサエティー、会社はカンパニーと言えといいたくなります。

「コンプライアンス」は、ある程度定着した用語ですが、訳語としては「法令遵守」です。「法令遵守」と言うよりは、カタカナ語の方が言いやすいのでしょうか。そのうちに「コンプラ」とかいう略語になるのでしょう。

「アウトソーシング」も定着しています。「外部委託」では駄目なんでしょうね。それだけでは、「アウトソーシング」の持つ意味を表すのに不十分なのでしょう。そのうち、「アウソ」が一般化するかもしれません。

「ダイバーシティ」も、「多様性」ではその意味合いが伝わりにくいということなのでしょうか。そのままカタカナ語として使われます。「ダイバ」「ダイヴァ」と略す日が来るのでしょうか。

外来語のカタカナ表記は、長くて発音しにくいですね。表記も字数が多いので、新聞のようにスペースが限られているメディアでは字数がもったいないですね。それでも今では、西周のように知恵を絞って翻訳語をひねり出すということもなくなりました。

結局のところ、今では、無理に漢字表記の翻訳語をつくってしまうと、かえって本来の意味が損なわれてしまうことになるということなのでしょう。

グローバル化が進む今の時代、外国(特にアメリカ)からの新概念が入り続ける状況のなかで、効率よく受容するには、外来語をそのままカタカナ化するのが一番の方法なのかもしれません。

中国語のように、漢字を使って音訳する必要はなく、表音文字のカタカナを使えばそのまま外来語を表記できるというのはとても簡単で、この点では、かな文字を作ってくれた御先祖様に感謝しなくてはなりません。

ただ、かつては「リーガン大統領」とか「エイジス艦」と新聞には書かれていました。その後、より本来の発音に近い表記の「レーガン大統領」「イージス艦」に変えられました。それならば、まだまだ表記を変えるべきカタカナ語がたくさんあります。たとえば、英米人の名字の「Emerson」は「エマーソン」ではなく「エマソン」と表記するとか、名の「Michael」は「マイケル」よりは「マイクル」の方がいいんじゃないかとか思うこともあります。しかし、すでに定着した表記は、なかなか変えられないということがあるのでしょうね。

言語の変化のスピードは、どんどん速くなっていきます。私も、カタカナ語について行かなくてはと思いつつも、読み間違えたり、言い間違えたりすることがだんだんと増えてきました。カタカナはひらがなに比べて読みにくいので、外来語にはできれば漢字表記で新しい翻訳語を造語してくれる、天才的な翻訳者が現れてほしいなというのが正直な気持ちではあります。

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