もしべーシック・インカムが導入されたら

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ベーシック・インカムについては、その賛否を含めて、いろいろと世間で話題にされるようになりました。その賛否の議論はたいへん複雑です。そのあたりの議論に踏み込む能力は今のところ私にはなさそうです。

ここでは、実現可能性の議論には踏み込まないで、もし、それが実現されていたら、個人にとってはどう人生が変わるかについてよい面だけを想像してみます。

仮に、ベーシック・インカム(以下BIの略記も使用します)として、一人につき10万円~13万円程度が全国民に支給されるということを想定して考えます。

地域にもよりますが、今の時点ならそれくらいあれば、家賃や光熱費を食費をまかなえて、単身者世帯がそれなりの生活ができるのではないかという判断です。(四人家族なら40万円~52万円となり、多すぎるという見方もあるでしょう。世帯ごとに支給額を変えるべきだという議論も可能ですが、その点はここではご容赦ください。)

たとえば、その単身者世帯の内訳として、大ざっぱに割り振ると次のようなものが考えられるのではないでしょうか。

家賃 30,000~50,000円

光熱費(電気・水道・ガス代) 15,000円程度

食費 45,000円程度

その他(衣料品代・医療費・交際費・通信費等) 10,000~20,000程度

※家賃は実際のところ、もっと幅があるでしょう。地域によっては、50,000円以上~100,000円程度をみないといけないかもしれません。通信費は、高速インターネットのプロバイダー契約やスマホの使用量によってもっと多く見なければならないかもしれません。その場合は、他の支出を抑えることで対応することを前提に考えてください。

奨学金をもらわずに大学に進学できる

今の「日本学生支援機構」の奨学金では、利息の付く第二種では最大で12万円(医歯課程では16万円)ですから、多くの人はBIがあれば奨学金の助けを借りなくても、大学に進学できるのではないかと思います。

大学卒業後に、奨学金の返済に苦しむ人が少なからずでていることを考えると、BIがあれば、この問題がかなり解消されるでしょう。また、バイトに追われて思うように勉学に励めない学生の数も減るでしょう。

私も、奨学金とバイトなしでは学生生活を送ることはできませんでした。奨学金は、学生の時は助かるのですが、卒業してからの返済がそれなりの負担でした。奨学金をもらわずに進学できるに越したことはありません。

また、大学の学部だけでなく、大学院への進学も、BIがあれば、今まで経済的理由から断念していた人も可能になると思います。

BIに加えて、入学金や授業料が無償になれば、より多くの人が高等教育を受ける機会が増えることはいうまでもありません。(財源の問題が残りますが)

就職に失敗してもやり直しがしやすい

新卒での就職は、ときの景気に左右されます。これは、個人の能力を超えていて、運の善し悪しとしか言いようがありません。

卒業年に就職が難しいほどの不景気だった場合、留年や大学院進学という形をとる人もいます。(日本では「新卒」が重視されるため、このようなことが起こります)

このとき、BIがあれば、学生生活を続けることでの親への負担も大きく軽減できます。(親にもBIがありますし)

また、就職できても、勤め始めてからこの会社への入社は失敗だったと気がつくこともあるでしょう。

会社を辞めても生活に困らない人ならば、辞めることもできるでしょうが、そうでない人は、仕方なく自分に合わない職場やブラック企業でも働き続けるしかありません。

勤めながらの転職活動は、なかなか難しいものがあります。面接はたいていは平日の昼間ですので、会社を休まないと面接にも行けません。

しかし、BIがあれば、経済的余裕があるので無理に勤め続けることなく、仕事を辞めてから転職活動に専念できます。

起業がしやすくなる

自分で事業を興す際、はじめは利益がゼロの状態で耐えていかなければなりません。自分や仲間の報酬もゼロです。BIがあれば、生活費は何とかなります。

事業に失敗した場合、株式会社の経営者が直ちに会社の債務を負うことはありません。しかし、銀行などから融資を受け、その際に社長が連帯保証人になっている場合は、起業家が借金を背負わなければなりません。

このような場合でも、就職して働きながら給料やボーナスの大半を借金の返済に回すことができます。また、自己破産するにせよ、ベーシック・インカムで生活することができます。(BIは、現在の年金と同様に、差し押さえの対象にならない制度になることを前提が必要ですが)

生き方の選択に余裕ができる

終身雇用制を維持することが難しくなってきているのが今の時代です。新卒で就職して定年まで勤め上げることが期待できなくなっています。BIがあれば、一つの会社だけに縛られない生き方も選択しやすくなります。

また、最低ラインの生活費が支給されるのですから、芸術家をめざす人は、お金にならない作品であっても、自分のつくりたい作品の創作(製作)に専念することもできます。

大学院博士(後期)課程を修了して就職先に困る人は、無給の研究員をしながらでも研究を続け、一定の成果が出てから研究職に就職する道も可能になるでしょう。

その他、給料は出せないが修行だけはさせてやろうという親方や師匠がいた場合でも、無給の弟子として修行することも可能になります。

今までは趣味として働きながらでしかできなかったことに人々が専念できるとすれば、それぞれの分野で今以上の成果が期待できます。今まで、親の反対があったり、家の経済事情からあきらめたり、自分に才能がないと自分に言い聞かせて断念してきた道に進むこともできるようになります。

たとえ所得が低くても、好きなことができれば幸せだと思う人が、無理に就職する必要がなくなれば、社会全体の幸福度が高まることになるのではないかと思います。

日々長時間労働で、月あたりの休みも少ないような仕事は世間に多くあります。BIがあれば、このような仕事で健康を害したり、趣味の時間も取れないような生活を強いられることを避けることができます。

BIだけでは不足だという人は、短時間のアルバイトでも、それなりの生活ができるようになります。生活保護のように、自分で働いて稼いだ分が差し引かれることもありません。働けば、その分が丸々上乗せです。

もちろん、フルタイムでやりがいのある仕事がしたい人は、自分の能力を生かして働けばよいのです。

大きな政府と小さな政府の両者の長所を生かせるかも

一握りの大富豪と99%の食うや食わずの貧民で構成されるような国は、内需も拡大しないし、内乱の危険をはらむことになるでしょう。

衣食住がままならない人が限りなくゼロに近い国は、それなりの内需もあり、政情も安定し、経済にもよい影響があるのではないかと思われます。

ベーシック・インカムがあれば、すべての人が生活はなんとかできるようになりますので、貧困の解消に近づくことができます。

大きな政府にするか小さな政府にするかというのは、2大政党制の国では政策の論点になります。大ざっぱに言いますと、政府が税金をたくさん集めて公共事業や社会保障によって所得の再分配を進めるのが大きな政府です。それに対して、経済の自由な活動に重きを置き、政府の経済活動への関与を減らし、公務員の数も減らし、減税もするような政策をとるのが小さな政府です。

大きな政府では、貧富の格差をできるだけ是正し、何らかの理由で働けなくなった人でも安心して生きていくことができます。小さな政府では、規制の少ない自由な活動の場が保障され、才能や意欲のある人がどんどんと新しい事業を興し、既存市場に参入したり新しい市場を創造することができます。事業の成功によって、世界的な大富豪になることもできます。

煩雑な手続きや審査を経る必要もなく、すべての人が最低限度の生活を自動的に保障されているとすれば、大きな政府と小さな政府の両方の長所を生かすことが可能になります。

両者の長所のすべてを生かせるわけではありませんが、どちらかの二者択一や折衷とは違う第三の道となる可能性は十分にあるのではないかと思います。

ただ、BIの支給額をいくらにするかが問題であることは確かです。少なすぎても多すぎても問題が生じるでしょう。

選挙の際にはこの額を増やすという公約が各党から出てきて、適正額よりも多くなりすぎて国家財政を圧迫する心配もあります。(値下げすると選挙の時にいうと勝てないでしょうから)

これを回避するには、GDPの一定割合を総額として人口で割るとか、税収の総額から一定割合から総額を算出し、それを人口で割るというようにはじめから決めてしまうというのも一つのやり方です。この割合の改正は国民投票が必要くらいのハードルを作っておくと値上げ競争は避けられるかもしれません。(下げるハードルも高いという下方硬直性は避けらないという問題は残りますが)

結び

生活することに追われる生活から、だれもがちょっと余裕を持つことができるようになれば、経済的にも文化的にも、今までとは違う国の豊かさを実現できるのではないかと、私は思っています。

グローバル経済が進み、厳しい競争にさらされている中、日本が強みとしてきた産業分野が、しだいにその優位性を失いつつあります。

日本が世界に誇れるような、新しい価値あるものを創造することが、これから必要になるでしょう。

高度経済成長期では、人々が組織の中で従順に勤勉に働いて日本の強みを高めてきました。しかし、これからは、いままでとはひと味違う頑張り方が評価されるような方向に転換することも考えてみるべきではないでしょうか。

ベーシック・インカムは、実現にはいろいろな問題があるでしょうが、国家による国民への投資とする見方も可能だろうと思います。創造性のある人々が増えることは、長期的に見て、経済の面でも強みを発揮できるように思います。国家の存続や発展のための一つの選択肢として検討することもアリではないかと思います。

BIのよい面ばかりを並べてきました。主張の愚かさは多々ありますが、今日は四月一日でもありますので、その点はお許しいただければ幸いです。しかし、書き並べてきたことは、私自身の本心から思っていることです。

 

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