『硫黄島からの手紙』と「教訓Ⅰ」

CS放送やケーブルテレビで見ることのできる「日本映画専用チャンネル」で、クリント・イーストウッド監督、渡辺謙主演「硫黄島からの手紙」を久々に観ました。

映画「硫黄島からの手紙」日本版劇場予告

この映画は、最初はロードショーのとき映画館で観ました。2006年の年末だったか、年が明けていたかは覚えていません。もう13年以上前のことです。

この映画で、もっとも印象に残ったところは、日本兵が手榴弾で自決する場面です。目玉が飛び出したりして人間の肉体が破壊されていくところが――私の印象ではスローモーションでした――リアルという以上のリアルさで描かれていたことです。

残念ながら、今回観たテレビで放送では、そのリアルな部分は大幅にカットされていました。さすがにあまりにグロテスクなシーンのため、テレビ放送には問題ありとしてカットしたのでしょう。この点には、私は不満はあります。

この自決シーンは、CGを駆使するなどして、お金も手間もかかったカットだったと思います。クリント・イーストウッド監督は、あえてこのシーンを入れるべきものとして入れたことは明らかです。

このシーンを見て、私は気分が悪くなりました。さらにその後も続く戦闘シーン、そして立体的で大音量の音響システムが心と体に激しく響いて、とても見ていられなくなりました。私は、しばらく退席し、休憩したほどです。何でこんな映画を観ていなくてはいけないだと、映画に誘ってくれて人を恨んだほどです。

しかし、この映画は、今では私にとっては死ぬまで忘れられない映画の一つです。

映画館を出た後、二宮和也さんが演じる、パン屋さんが生業の召集兵 西郷昇が、もうすぐ赤ちゃんが生まれる新婚の若い兵士であったこと、彼が自決を迫られるシチュエーションでそこから脱出したことが思い出されました。

厳しい戦いを指揮し、潔く軍人として死んだ栗林中将や西中佐(階級は当時)は、尊敬されるべき方々でした。この映画では、それはそれとして描きながら、職業軍人ではない一般市民が戦争の中でどう生きたかを描いている点に、私は心を奪われました。

日本兵の自決シーンで、躊躇しながらも仕方なく、泣きそうな顔をして自決するシーンが今でも記憶に焼き付いています。

あの状況で「手榴弾で自爆しろ」と言われて、たとえ「できません」と答えても、銃で撃たれるだけでした。それならば、自分で潔く死んだ方が名誉ある死となります。そう考えた人は多かったと推測します。

さて、私ならどうしただろうかと考えました。おそらくは、その場の雰囲気に流されて自爆していたんだろうなと思いました。

しかし、一方で、「こんなところで死んでたまるか」という気持ちもどこかにあるだろうなとも思いました。

そして、あの映画から受け取ったことは、「こんなところで死んでたまるか」と思え!というメッセージでした。

だれだって、生き物であるかぎりは「死にたくない」と思うものです。それが、生物として自然なあり方です。

理性なのか理念なのか何か知りませんが、人はそれによって死を選ぶことが正しい道だと考えてしまうこともあります。

自分の死は、自分の意識がなくなって肉体が滅んで人生が終わるだけですが、残された人々は、その後も生きなければなりません。家族であれ、恋人であれ、友人であれ、残された人々は、失った人のことを忘れることなく生きていかねばなりません。

そう考えると、自分が生きることというのは、少なくとも直接の関係を持って生きている人に対して、責任がゼロではすまされません。死ぬことに関しては、できるだけ抵抗するのが、残されるであろう人々への思いやりだろうと思います。

「愛する者を守るために私は闘う」ということは、ただちに「私は死ぬ」ことを意味するものではありません。

「愛する者を守るために私は闘うけれども、愛する者のために私は生還してみせる」という方が、生物としてはまともな意思だと思います。

武士道に殉じることに美を見いだす信念を持つ人を否定する気は全くありません。しかし、それは「私にはできない」と、あの映画を観てあらためてあのとき確信しました。

もし、自分たちの生活を脅かされそうになることがあれば、家族や地域の人々を守るために私も躊躇なく闘いますが、潔く死を選ぶことはありません。何とかして生き延びながら、できるところまで抵抗したいとは思っています。

以前にも書いたことがありましたが、加川良さんの「教訓Ⅰ」を反芻したいと思います。

加川良 「教訓 I」 Kagawa Ryo "Kyokun I" (Lesson One)

世間から何と言われても、どれだけ恥をさらしてでも、生きられるところまでは生きてやろうと思っています。

話が映画からそれてしまいました。

私は映画についての詳細な批評などはできる能力もありません。その点については、すばらしい解説や論評がネット上にはたくさんありますので、ぜひそちらを参照して下さい。

私は、この映画を観て以来、俳優としてだけでなく監督としてのクリント・イーストウッド氏のファンになってしまいました。

硫黄島からの手紙

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