市場で取引されないけれども、社会で有用な学問はやはり実学ですね

商品として市場で取引されないものが世の中には存在します。道路や公園などの公共財がそうですね。

学問でも、商品開発に直接つながる分野なら、たとえば、新薬の開発のように研究成果が治験などを経て市場で取引される商品になります。

しかし、市場で取引される商品とは直接関係のない学問分野もあります。(そちらの方が多いかもしれませんが。)

この記事は、先日書いた次の記事に関連しています。

商品化できてお金になるとか、研究成果自体がお金になるという基準だけでは、実学の定義としては狭すぎると、先に書いたのですが、この点についてもう少し考えてみたいと思います。

生態学の研究は、多くが地球環境の保全に貢献するものだと思います。その意味で「役に立つ」学問ですが、その研究成果は市場で取引されることは基本的にはないでしょう。

もちろん、環境調査を業種とする企業が多く存在し、事業として生態系の調査を行うことはあります。ただし、これは建築・土木を事業とする企業が、公共事業として発注を受けて道路やダムを建設するのと似ています。これらのお金の出所は税金なのです。

政府や地方自治体などの公的機関がになうのは、税を元手にして、市場で供給されない公共財・公共サービスを提供することです。このような公的機関からの発注を受けて行われる事業は、民間企業が行うにせよ、市場で取引されるものとは異なります。

学問分野にも、市場で取引されて直接「お金になる」ものと、そうでないものがあります。

「お金にならない」けれども公共財のように、社会にとって必要な実学といえる分野には、先の生態学も含まれるといえると思います。

ほかにはどんな分野があるでしょうか。

たとえば、文系でも法律学や経済学は一般に実学とみなされています。法律学を学んで、弁護士になった人は、法律実務家として法令や判例の知識を生かして、商品としてのサービスを提供します。経済学の中の金融論を学んで、その知識を投資に生かして利益を生み出すなら、まさしく学問の成果としてお金を生み出したといえます。

しかし、それらの法律学や経済学に含まれる研究分野の中には、それ自体が商品を生まない分野が存在します。

刑法や刑事訴訟法の理論を研究しても、その研究成果自体は、研究書として出版する以外は商品にはなりません。しかし、刑法関係の立法や司法という、社会にとっては必要な部門の活動に貢献することになります。

また、マクロ経済の理論的研究は、それ自体が直接にお金を生み出すわけではありません。しかし、政府が経済政策を策定する上ではたいへん役に立つ研究です。

これらは、市場取引の外にある分野ながら、社会にとっては必要で、社会の役に立つ実学といえます。

理系では、自然科学やその応用科学ともに、世間では広く実学とみなされています。

天体の観測も、素粒子の研究も、昆虫の研究も、軟体動物の研究も、深海生物の研究も、地球内部の研究も、直接お金は生み出しませんが、これらの研究は間接的にでも社会の役に立つ研究とみなされています。

たとえ小さな政府をめざすにしても、公的機関がやるしかない仕事はゼロにはなりません。それと同様に、学問分野でも、市場の外にあって地味な分野だが、だれかが研究しないといけない分野があると思います。これからもそのような学問が、ますます栄えてほしいと願っています。しかし、昨今は、自然科学の研究環境が厳しくなってきているという話を聞きます。

iPS細胞でノーベル賞を受賞された、山中伸弥教授の毎日新聞への寄稿文にも、厳しい環境について書かれています。

「走り続けて  基礎研究、環境厳しく 増えぬ国からの費用助成=山中伸弥」

・・・近年ノーベル賞を受賞した業績の多くは、20~30年前に行われた研究成果です。日本の研究レベルは高く、今も素晴らしい研究がいくつも進んでいますが、今後も日本でノーベル賞を受賞するような研究成果が生まれるだろうか、と一抹の不安を覚えています。

 理由の一つは、基礎研究に取り組む研究環境が厳しくなっていると感じるからです。研究者が自分の研究を進めるためには、国など公的機関による公募に応募し、研究費を獲得しなければなりません。資金を獲得できても、研究期間は決まっていますから、その間に成果を出さなければ研究継続が難しくなります。特に、基礎研究は成果が見えにくく、先を考えると研究者が挑戦的な研究に取り組みにくくなっているといえます。・・・

毎日新聞 
こういう話を聞くと、何とかならないものかと思います。国家財政が厳しいのなら、民間の篤志家による研究費の援助がもっと拡大するような施策は取れないものでしょうか。

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